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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)1945号 判決 1999年12月13日

原告 江原成

右訴訟代理人弁護士 岩城穣

被告 カネボウ不動産株式会社

右代表者代表取締役 小木曽徹

右訴訟代理人弁護士 岡本正治

同 多田博行

同 宇仁美咲

同 西暢彦

被告 三井不動産株式会社

右代表者代表取締役 田中順一郎

<他1名>

右二名訴訟代理人弁護士 清木尚芳

同 松本岳

同 竹内富康

被告 デベロッパー三信

右代表者代表取締役 松村恭二

右訴訟代理人弁護士 松宮清隆

被告 進和不動産株式会社

右代表者代表取締役 加藤匡俊

右訴訟代理人弁護士 磯野英徳

同 田中宏幸

磯野英徳訴訟復代理人弁護士 岩本洋

同 河瀬真

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、連帯して、一〇〇〇万円及びこれに対する被告カネボウ不動産については平成八年三月二七日から、その余の被告については同月二八日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、マンションの一室(一四階建の三階部分)を購入した原告が、その交渉段階において、販売担当者から南側部分の眺望が将来不明確であるのに、眺望の良さが長期間継続すると断定して勧誘されて同室を購入し、その後間もなく南側の隣地に別のマンション二棟(八階建ないし一四階建)が建設されて眺望の良さを失い、精神的損害を被ったとして、契約交渉段階における信義則上の説明義務違反に基づき、共同売主ないし販売代理人である被告らに対し、一〇〇〇万円の慰謝料及び被告らに対する各訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1(一)  原告は、大東建託株式会社広島支店に勤務し、建築不動産業を営む同社の営業等を担当する会社員であり、別紙物件目録一記載のマンション「ベル・パークシティ画地ⅢEAST棟」(以下、「本件建物」という。)のうち、三〇六号室(以下、「本件居室」という。)を購入した者である。

(二) 被告カネボウ不動産株式会社(以下、「被告カネボウ不動産」という。)、被告三井不動産株式会社(以下、「被告三井不動産」という。)、被告株式会社デベロッパー三信(以下、「被告デベロッパー三信」という。)、被告進和不動産株式会社(以下、「被告進和不動産」という。以上四社をあわせて「被告売主ら」という。)は、いずれも不動産の建設、販売等を目的とする株式会社であり、被告三井不動産販売株式会社(以下、「三井不動産販売」という。)は、不動産の販売、仲介を目的とする株式会社である。

2(一)  被告売主らは、鐘紡株式会社(以下、「鐘紡」という。)がもと所有していた土地約一五万平方メートルを、ベル・パークシティと称する公園都市として画地Ⅰ、画地Ⅱ、画地Ⅲの順でマンション群一八棟を建設分譲する大規模開発事業を展開していた。本件建物は、右一八棟の最終棟として画地Ⅲに建設され、平成五年三月ころから順次分譲された。

(二) 平成六年三月五日当時、画地Ⅲの公道を挟んだ南側の土地は鐘紡の所有であり、同土地上のうち、別紙物件目録記載二の部分(敷地面積約五七〇〇平方メートル。以下、「南側隣地」という。)を用いて、カネボウ興産株式会社が開閉式室内テニスコート建物(以下、「室内コート建物」という。)等の設備を所有して「カネボウ都島グリーンテニスクラブ」(以下、「テニスクラブ」という。)を営業していた。なお、テニスクラブの南側には、右当時から、鐘紡の基礎研究所(二ないし三階建)、同中央研究所(五ないし六階建)が存在する。なお、南側隣地は、ベルパークシティの中には含まれていない。

3(一)  原告は、平成六年三月五日、被告売主から、本件居室を代金八三八〇万円で、被告三井不動産販売を売主代理人として購入した。

(二) 右購入に当たっては、被告三井不動産販売の社員である角伸一郎(以下、「角」という。)との間で交渉が行われ、右売買契約締結に際し、重要事項説明書が原告に交付された。

(三) 同説明書の特記事項二二項「周辺の環境について」(7)号には、「本敷地の南側には、現在、鐘紡株式会社中央研究所、鐘紡株式会社基礎研究所がございます。また将来その建築物が増・改築され、環境(日影・眺望・採光・通風・電波受信等)が変化することがありますので、あらかじめご了承ください。」、同項(8)号には、「本敷地の南側には、カネボウ都島グリーンテニスクラブがあり、深夜まで営業を行っております。また、将来その建築物が増・改築され、環境(日影・眺望・採光・通風・電波受信等)が変化することがありますので、あらかじめご了承ください。」とそれぞれ記載されている。他方、同項(9)号には、「本敷地の東側の第三者所有地につきましては、将来建築物が建設(あるいは増・改築)されることがあり、それに伴い周辺環境(日影・眺望・採光・通風・電波受信等)が変化することがありますので、あらかじめご了承ください。」と書き分けて記載されていた。

4  被告カネボウ不動産は、南側隣地に分譲マンションを建設して販売する事業計画の検討を始め、同年一二月一日には、大阪市に対し、南側隣地上に別紙物件目録三記載のマンション二棟(以下、「ベルシャトゥ」という。)を建築する旨の建築確認申請を行い、平成八年一月五日、室内コート建物を含むテニスクラブ全体の解体工事に着手した。同被告は、同月一七日に建築確認を得て、同年二月五日からベルシャトゥ二棟の建築工事に着手し、平成九年六月ころにいずれも完成させた(被告カネボウ不動産がベルシャトゥの建設分譲計画に着手した時期については、争いがある。)。

5  本件居室の販売を担当した被告三井不動産販売及び同社の担当者は、原告に本件居室を販売した平成六年三月当時、右ベルシャトゥの建築分譲計画の存在を、いずれも知らなかった。

二  争点

1  被告らの説明義務違反の有無

(原告の主張)

(一) 不動産の売主(ことに宅建業者)は、信義則上の付随義務(保護義務)として、宅建業法所定の重要事項につき、一般の消費者である購入者に対して説明義務を負うほか、個々の具体的契約において、故意又は過失により、売買契約の際、眺望や見晴らし、開放感といった買主にとって重要な生活利益に関する事実を告げず、または積極的に誤った事実を述べて、買主の自由な購入意思を歪めてはならない義務(説明義務)を負うというべきところ、被告売主ら及び被告三井不動産販売は、当時、鐘紡が南側隣地を今後長期間保有し、テニスクラブが存続させる見通しは不確定である以上、その見通しが確実であるかのように断定したり、そのことを前提に眺望の良さを積極的なセールスポイントとして強調してはならない信義則上の説明義務を負っていた。

(二) しかるに、被告三井不動産販売は右義務に違反し、原告の本件居室を販売するに当たり、近い将来テニスクラブが廃業されその敷地上に大規模なマンションが建設される可能性が否定できないにもかかわらず、そのことを正確に説明しなかったばかりか、かえって、「東側は他人地であるので先においてマンション等への建替えがあるかもしれないが、南側はテニスコートで鐘紡の持ち物ですのでマンション等への建替えの心配もなく、このままテニスコートのままなので、また会員になられてこれを機会にテニスをされたらどうか。このような環境なので値打ちがある。」等と述べて、あたかも今後長期間にわたりテニスクラブが存続し、眺望や日影・採光等の環境に大きな変化はないかのように断定したり、右眺望をセールスポイントとして積極的に強調して購入を訴えた。

(三) 原告は、本件居室の購入を検討するについては、眺望の良さを大きな判断要素の一つとして考えていたところ、被告売主らに被告カネボウ不動産が含まれており、同社が南側隣地の所有者である鐘紡の系列子会社であることから、被告らが右のように述べる以上、今後長期間にわたってテニスクラブが廃止され、南側隣地に大規模なマンションが建設され、眺望が決定的に悪くなるようなことはないであろうと信頼し、本件建物の六階部分にある別の居室も購入対象として考えていたにもかかわらず、被告らの右セールストークにより判断が歪められ、三階部分の本件居室を購入することを決断したものである。

(被告らの主張)

(一) 原告の主張(一)は争う。原告は不動産業を営む上場会社に勤務する営業マンで、日頃から不動産業務に携わっているから、一般の消費者と異なり、不動産取引についての専門知識、経験を有している。また、宅建業者等が契約締結の勧誘に対して相手方に対し断定的判断を提供することを禁じる宅地建物取引業法四七条の二第一項の規定は、将来の転売によって必ず一定の利益が生じるなど利益を断定的に提供することの禁止であって、原告の主張する居住利益にまで直ちに妥当しないのであるから、原告の主張する説明義務は、本件の具体的事案において発生しない。また、本件居宅の南側には、販売時である平成六年三月時点において、既にテニスクラブ内の室内コート建物があり、南側の眺望は望むべくもない状況であったから、法的保護に値する眺望の利益がない。したがって、被告らは本件居宅の眺望に関し、信義則上の説明義務を負わない。

(二) 同(二)は否認する。本件居宅を販売するに当たり、被告らが原告に対し、南側隣地にマンションが建たないとか、鐘紡が南側隣地を今後長期間保有してテニスクラブが存続し、環境に大きな変化がないかのように断定的に説明し、眺望をセールスポイントとして積極的に強調はしていない。

(三) 同(三)は争う。原告にとって、本件居宅を購入した動機は、景観や眺望の良さではなく、専ら本件居宅の都心立地や購入価格(値引き)にあった。

2  損害

(原告の主張)

原告は、眺望の良さを大きな判断要素として三階部分にある本件居室を購入したにもかかわらず、わずか三年後の平成八年六月にはその眺望を完全に失った。その精神的衝撃は大きく、本件居室の購入価格も考慮するならば、少なくとも一〇〇〇万円の精神的損害を受けた。

(被告らの主張)

(一) 眺望の良さを失ったという点は否認する。本件居室の南側には、本件売買契約締結当時からテニスクラブの室内コート建物の屋根で遮られており、良好な眺望が望めるものではなかった。

(二) 損害額についての主張は争う。

第三争点に対する判断

一  説明義務違反の有無について(争点1)

1  前提となる事実関係

前記争いのない事実のほか、次の各事実が証拠上容易に認められる(括弧内は、当該事実を認定した証拠を示す。)。

(一) 本件建物の立地条件について

ベル・パークシティは、大阪市都島区友渕町所在の鐘紡所有地(約一五万平方メートル)を前記認定のとおり三区画に分けて建設分譲したものであり、同地域は大阪の中心である梅田から約三・五キロメートル、最寄駅である地下鉄谷町線「都島」駅まで徒歩一九分(最寄りバス停まで徒歩四分、バス五分)、同駅から「東梅田」駅まで三駅六分という至便な場所にあり、事業計画区域内に大型ショッピングセンター「ベルファ」、会員制スポーツ施設「ベルスポーツプラザハミング」、美術館「鐘紡繊維美術館」、医療施設等を併設した都市型の大規模団地である。

(二) 本件居室及び周辺居宅の価格について

本件居室は、一四階建の本件建物の三階部分の東南角に位置しており、床面積は九三・一一平方メートル(登記簿上は九三・四二平方メートル)、バルコニー三六・五八平方メートルであり、当初分譲にかかる売買代金は、八三八〇万円であった。また、同様の東南角に位置する同じ広さの部屋のうち、二階部分(二〇六号室)は八二一〇万円、最上階である一四階部分(一四〇六号室)は九一七〇万円であった。

本件建物は、E―1棟(地上六階建、塔屋一階)、E―2棟(地上一四階建、塔屋一階)、E―3棟(地上六階建、塔屋一階地)に区分されている。E―1棟は南西向き(Aタイプ、Bタイプ)、E―2棟のうち、Cタイプ及びBタイプは西向き、Eタイプ及びFタイプは南向き、Gタイプ及びHタイプは東向きである。原告が購入した三〇六号室はE―2棟のFタイプに属するものであり、開口部が南に面している。なお、E―3棟は、西向きである(Iタイプ、Jタイプ)。

本件建物の各居室は、いずれも従前のベル・パークシティ内の物件と異なり、相当の高額物件であった。専有部分の面積が約九三・二四平方メートルと本件居室に近い居室のうち、西向きのDタイプの住居においても、六七〇〇万円(二〇四号室)ないし七七九〇万円(一四〇四号室)の価格がつけられており、東向きのIタイプ(専有部分の面積が約九六・六〇平方メートルであり、Eタイプに比較的近い)。においても、七三一〇万円(二〇九号室)ないし七九八〇万円(六〇九号室)であった。

(三) 当時の本件建物及び周辺の建築物の状況について

(1) 本件居室の地上(GL)からバルコニー床までの高さは約六・九メートルに相当し、地上からバルコニー天井部分(四階バルコニー床)の高さは、約九・八メートルに相当する。

この点、原告は、本件建物の一階底面は両建物間の道路よりも一・二メートルほど盛り土されて建てられており、他方テニスコートの底面は道路よりも数十センチメートル低かったと主張するが、原告の主張する《証拠省略》からは右主張を直ちに認めることはできず、他にこれを認定するに足りる証拠はない。

(2) 本件居室南側から道路(幅員一一・五メートル)を挟んで存在していた前記室内コート建物は、昭和六一年ころに新築されたものであり、本件建物から最短距離で約二五メートル程度離れていた。同建物は、鉄骨造であり、地上から上屋(かまぼこ型をした屋根の頂点をいう。)までの高さは約一一・三六四メートルであった。

(3) さらに南側には、鐘紡の基礎研究所(二ないし三階建)、同中央研究所(五ないし六階建)が存在し、ベル・パークシティの超高層マンション(G棟。三六階建)が既に存在していた。また、南東側方向には、高倉第一コーポ(一一階建)が存在し、南西側方向には、ベル・パークシティの高層マンションであるO棟(七階ないし一五階建)が、北西方向にはCENTER棟(二七階建)が存在していた。

(四) パンフレットの記載内容について

本件建物の分譲に当たり作成されたパンフレットには、「町づくりのドラマは、いよいよクライマックスへ。」「緑の中をゆっくり散歩できる……。都心にありながら、街は豊かな自然にあふれています。」「便利なサービス、文化的な施設が、日々の私生活をサポートします。」「大阪・梅田から約三・五km。都市生活を満喫できる立地条件です。」「安らぎと出逢う街、ANNEX。」「先進の技術が、快適で安全な暮らしをサポートします。」「教育、医療、公共施設。都島周辺には、恵まれた生活環境が整っています。」等と大きな活字で記載されているが、眺望やテニスクラブについて触れた部分はない(ただし、ベル・パークシティ内にある会員制テニスクラブ「ベルスポーツプラザハミング」についての記載はある。)。また、パンフレットの冒頭に記載された全体図に、南側隣地が含まれていないことは図面上明らかである。

(五) 原告の本件居室購入の経緯については、次の各事実が認められる。

(1) 原告は、平成五年一一月ころ、一度販売センターを訪れたが、この際には購入には至らなかった。

(2) 原告は、平成六年一月ころ、再度販売センターを訪れ、交渉の結果、本件建物の四〇二号室(Bタイプで、販売価格は六五三〇万円であった)について仮契約をした。しかし、その後、原告が更に売買価格の値引きを要求し、被告三井不動産販売がこれに応じなかったため、原告の申出により右仮契約を白紙撤回した。

(3) 原告は、その後さらに交渉し、角は二〇六号室(Fタイプで、販売価格は八二一〇万円)を勧めたが、原告が更に高額の住居を購入したい旨希望したため、同タイプの四〇六号室及び本件居室(三〇六号室)を案内した。右案内後、原告は、四〇六号室の購入を希望したが予算が折り合わず、結局本件居室を購入することとなった。なお、原告は、六階部分の居室も購入対象として考えていたと主張するが、同人の陳述書によっても、当初から金額的におよそ折り合わなかったことが窺われるのであって、実質的な購入対象として交渉したとは認められない。

(4) 原告は不動主販売等を業とする会社の営業マンであり、販売を直接担当した角もこれを知っていた。原告は、角に対し、的確な質問を行っていたため、角も原告に一目置いていた。

(5) 本件居室の販売に先立つ交渉において、本件居室の南側のテニスクラブについても話題に上った(その内容については争いがあるので、別に論じる。)。

(6) 本件契約の際には、角が原告に対し、重要事項説明書を読み上げた。その際、原告は、角に対し、特に質問はせず、特記事項の記載事項と従前の角の説明とが違うとの指摘はしていない。

(六) 被告カネボウ不動産がベルシャトゥを建築するに至った経緯については、次の事実が認められる。

(1) 鐘紡は、平成六年ころから、社内で社有地の売却を内々に検討し、同年一〇月ころ、株式会社D&D建築設計事務所(以下、「D&D」という。)をして、大阪拘置所に隣接するテニスコート及び職員住宅の敷地及び南側隣地について、大阪市下水道局、同環境保険局及び同教育委員会に赴いて土地の利用等についての制約につき担当窓口に事実上教えてもらう、いわゆる役所調査を行わせた。

(2) 平成七年二月初旬、鐘紡は、社内協議を経て、決算対策のため、同社の所有する土地のうち、南側隣地について総額三〇億円弱で関西エム・シー・リフォームに売却することを社内で決定し、同年三月末日ころに同社へ売却された。

(3) 一方、右方針を受け、被告カネボウ不動産は、同年三月ころから事業採算等を具体的に検討し始め、D&Dに対して分譲マンションの基本設計を指示した。D&Dは、同月二九日、計画概要一枚及び配置図一枚を作成して被告カネボウ不動産へ提出した。

(4) 被告カネボウ不動産の担当者は、同年三月末ころには、テニスクラブが同年九月末までに廃業することを認識していた。テニスクラブの方では、同年四月早々にその旨を会員に告知した。

(5) その後、同年四月から六月にかけて、被告カネボウ不動産及びD&Dで計画内容を詰める作業を行い、同月末に計画概要がほぼ固まった。

(6) 右と併行して、D&Dは、同年四月二一日、ベルシャトゥの建設行為につき、都市計画法二九条の開発許可を要するか否かについて判定を求める開発許可判定願書を、大阪市下水道局東部管理事務所及び同消防局計画課を経由して、同月二四日に計画調整局建築指導部指導課長宛に提出し、同日、右建設について開発許可は不要とする旨の決裁を受けた。

(7) 被告カネボウ不動産は、同年四月二五日に大阪市役所教育委員会総務部施設課に、同年一〇月四日に同下水道局東部管理事務所に、同月五日に同環境保険局環境部にそれぞれ事前協議ないし事前相談を行い、同月九日に大阪市に対し「大規模建築物の建設計画の事前協議申出書」を提出した(なお、甲九四の5には、教育委員会総務部施設係・社会教育部文化財保護課には平成六年一一月九日に、同委員会社会教育部文化財保議課には同年一〇月二六日に、下水道局東部管理事務所都島下水道センターには同年一二月一日に、それぞれ協議に赴いた旨の記載があるが、《証拠省略》に照らし、採用できない)。

(8) 被告カネボウ不動産は、共同売主である被告三井不動産及び被告三井不動産販売に対し、同年九月ころベルシャトゥ建築についての報告を行った。それに先立つ同年四月ないし五月ころ、被告三井不動産(又はその担当者)から、被告カネボウ不動産の担当者に対しテニスクラブの存続やマンション建設について問合わせがあったが、具体的な返答はできないと回答していた。

(9) 被告カネボウ不動産は、同年一二月二七日、関西エム・シー・リフォーム株式会社から南側隣地を買い受けることを取締役会で決議し、平成八年三月二九日付けで同土地を購入し、鐘紡から中間省略の形で所有権移転登記を経由した。

2  本件居室が販売当時享受していた眺望利益について

(一) 前記1(一)、(三)で認定した事実に照らせば、本件居室から南側を望んだ場合、南側の眺望は室内コート建物の屋根に遮られることが認められ、客観的に見て、販売当時本件居室が享受していた眺望の利益は、本件居室ベランダから右室内コート建物までの空間、同建物越しに望むベル・パークシティの超高層マンション群(三六階建のG棟、七階ないし一五階建のO棟)及び南東の高倉第一コーポ(一一階建)に囲まれた空間であると認められる。

(二) 右空間に対し、原告は、「開放感」として相応の評価をしているけれども、他方、右評価は多分に主観的なものであって、他の本件建物の購入者の中には、本件居室からの眺望について否定的な評価をする者もおり、法的保護の対象としての眺望利益と認定するには、無理がある点は否定できない。

(三) また、本件建物の近隣において、高層化の方向へ進んでいることは《証拠省略》から容易に窺い知ることができ、その極たるや、他ならぬ本件建物を含むベル・パークシティのマンション群である。

(四) 以上の点に照らせば、本件居室の購入当時、本件居室が事実上享受していた眺望利益は、さほど大きなものではなかったといわなければならない。

3  本件居室の販売価格の経済的合理性について

原告は、イースト棟は上階へ行くほど高額な価格設定がされており、単なる利便性だけを売り物にして本件建物を販売したものではない旨主張している。

しかし、本件建物に限らず、一般にマンションの価格設定は上階へ行けば行くほど高額な価格が設定されることは常識的な事柄であるところ、本件建物において、《証拠省略》によっても、上階へ行くに従い、通常の範囲を超えて著しく高額に価格が設定されたとは到底認められない。逆に前記1で認定した各事実によれば、本件建物の各物件は、いわゆるバブルが崩壊した後である平成五年三月ころ以降においても、開口部が南側に面しているか否かにかかわらず、専有部分の面積に照らしても、いずれも当時としては相当高額な価格が設定されているのであり、右価格設定に鑑みれば、本件建物の各物件の価格は、主として本件建物そのものの仕様や、周辺地域の利便性等を根拠に設定されたものであったと考えるのが最も合理的であって、眺望の点について、被告らにおいて、通常のマンションにおいて考慮される範囲を超えた付加価値をつけて販売する意図があったとは認められない。

4  重要事項説明書・特記事項二二項の解釈について

原告は、重要事項説明書特記事項二二項において「第三者所有地」((10)号)と「鐘紡株式会社中央研究所、鐘紡株式会社基礎研究所」「カネボウ都島グリーンテニスクラブ」((7)号、(8)号)を分けて記載していること、及び前者において「建築物が建設(あるいは増築・改築)」と記載され、後者においては「その(テニスクラブ)建築物が増・改築」と記載されて書き分けていることを強調し、もってテニスクラブの存する南側の眺望について断定的な判断ないしこれを強調したセールストークが行われたことについての大きな論拠としている。

しかし、いずれの規定も通常はいわゆる嫌悪施設となりうるものについて記載されているものである上、前記各表現に引き続き、前記認定のとおり「環境(日影・眺望・採光・電波受信等)が変化することがございますので、あらかじめご了承ください。」と記載されている。右記載のその主たる眼目は、販売後において右施設の存在及び環境の変更によって生活利益が侵害されたとのクレームを事前に防止することにあることは経験上明らかであるから、被告三井不動産販売において、重要事項説明書の条項作成に当たり、特に(10)号と(7)号、(8)号との間に違った意味づけを与えたものではなかったというべきである。また、「改築」という言葉は、建物の全部または一部を建てかえることを意味するものであり、原告が供述するような狭い意味ではない。

5  ベル・パークシティ計画における鐘紡及び被告売主らの立場

(一) 前記2で認定した事実に加え、《証拠省略》によれば、画地Ⅲは、鐘紡が所有していた土地を被告売主らが買い受け、その後被告売主らにおいて本件建物を含むマンションを建築分譲したこと、その持分は、被告三井不動産が一〇分の七、被告カネボウ不動産、被告進和不動産及び被告デベロッパー三信がそれぞれ一〇分の一であったと認められ、他の画地についても概ね同様であることが窺われる。右のとおり、鐘紡は、画地Ⅲの土地を売却することによって売買代金を得るのみで、本件計画そのものには参画していないのであって、ベル・パークシティの各画地として売却した土地に含まれていない南側隣地の利用処分について、随意に決め得る立場にあったというべきである。

(二) 被告カネボウ不動産は、その名称からみても鐘紡の関連会社であることは明白であるけれども、鐘紡の意思決定に関して影響力を行使しうべき立場にある、あるいは南側隣地を利用処分するについて実質的に関与ないし介入できる立場にあったと認めるに足りる証拠はない。

(三) 他方、被告売主ら(被告カネボウ不動産を除く。)においては、前記認定のとおり、被告カネボウ不動産においてベルシャトゥの建築計画が相当程度具体化した段階で、初めて同被告を通じて右計画を知ったものであり、それ以前に被告カネボウ不動産から南側隣地に開発計画があるとは何ら知らされておらず、担当者レベルにおいても、当然右計画を知らなかった。

6  以上検討した事実を踏まえて、角が原告に対して行ったセールストークの内容について検討する。

(一) 本件居室の販売に際し、角が原告に対して行ったセールストークについて、原告は次のとおり供述している。

(1) 角は、原告に対し、「(本件建物の)東側は他人地なのでマンション等への建て替えがあるかもしれませんが、南側のテニスコートはカネボウの持ち物ですので、マンション等への建替えの心配もなく、このままテニスコートのままなので心配ありません。なにも遮るものがないからいいですよ。前からのぞかれることもないですよ。又(テニスクラブの)会員にでもなられてこれを機会にテニスをされたらどうですか。このような環境なので値打ちがあります。」と言った。

(2) 原告は、三階でも低すぎないかと多少迷ったが、三階の部屋に案内されたとき、角が南側の窓を開けて、「テニスクラブのドームの屋根がこんなに低いから見晴らしもいいし気にすることないんじゃないですか。前には何も建ちませんよ。」と話した。

(3) 原告が実際にベランダ越しに南側を見てみると、ドームの屋根が低く三階でも見晴らしが良かったので、購入を決断した。

(二) 他方、販売を担当した被告三井不動産販売の従業員である角は、次のとおり供述している。

(1) 本件居宅についてはテニスコートは大きな嫌悪施設なので、直接にセールスをすることはない。南側のテニスコートの質問で、どんな会員制か聞かれて、通常の入会方式で、高額の預託金とか会員権売買が行われているようなクラブではないと答えた。テニスクラブの将来について、将来何か建つのかという質疑はあったと思うが、テニスクラブの存続についてはなかった。これに対して、事業計画があるとは聞いていないが、将来は分からないと答えた。

(2) 南側の眺望や見通しの確認も、当然したと思う。テニスクラブのドームのてっぺんが、東南方向の目線と同じくらいの高さに見えた。のぞかれることはないとか、見晴らしがいいという話はしていない。

(3) 室内コートの建替えの話は、話題にはならなかったと思う。

(三) そこで、両供述の信用性について検討する。

本件居室の販売に先立ち、原告と角との間で、南側に道路を隔てて隣接するテニスクラブについて話題に上ったことについては、両者の供述は一致していること、角において、テニスクラブが嫌悪施設であるとの認識であったとしても、購入者によってはテニスを趣味とするなどの事情でテニスクラブの存在がセールスポイントになり得るのであって、その点をアピールした可能性は十分考えられること、原告の供述が具体的かつ詳細であること、本件建物の一〇〇名を越える各居室の入居者の多数が、そのアンケートの質問の仕方には問題があるものの、テニスクラブについて、担当者と契約交渉段階におけるやりとりがあった旨供述していることは、原告本人の供述が真実であることを推測させる点である。

他方、前記認定のとおり、室内テニスコートはベル・パークシティ計画とは無関係に昭和六一年ころ建築されたなので、鐘紡の遊休地をその関係会社であるカネボウ興産をしてテニス教室等として利用運営させていたに過ぎないこと、南側隣地を含む鐘紡所有地の利用方法について、被告三井不動産販売においていかなる影響も与えることはできないこと、重要事項説明書の文言は、前記認定のとおり嫌悪施設の存在や環境等の変化の可能性に対する警告と解釈すべきものであること、原告が当時不動産会社に勤務する営業マンであり、角もこれを認識していたこと、本件建物の居室の他の購入者の中には、南側隣地について、担当者から、高層建築物が建築されることがない旨の断定的な説明を受けてはいない者もいること(分離前の相原告藤井八郎、同細井俊幸)は、角の供述が真実であることを推測させる。

(四) 以上の各事実及び原告自身、室内コート建物のドームが改築されて眺望が悪化する可能性を認識していること(原告本人)に照らすと、本件居室の購入に当たり、原告がテニスクラブの存続について角に質問し、これに対して角は、何か建つという計画はないが、将来は何が建つかは分からない、室内コート建物ドーム屋根が高くなって眺望が変化することはあり得る旨の説明を行ったものと推認することができる。しかし、角が原告に対して、積極的にテニスクラブが現状のまま長期間存続する旨、当時としては不確かな事実をことさら断定的に説明したとは推認することができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

7  以上の事実を前提にして、被告らに信義則上の説明義務違反があったかについて判断する。

本件においては、前記2で指摘したとおり、客観的に見ても、本件居室が事実上享受していた眺望利益はさほど大きくなかったし、前提となる事実関係(一)ないし(四)によれば、本件セールストークに先立ち、被告らにおいて、本件建物の販売に当たり、南側の眺望について何らかの利益を長期間享受しうべきごとき外観を予め作出していたとはいえない。また、前記認定にかかる角の原告に対するセールストークも、ベルシャトゥ建設計画を全く知らず、容易に知り得べき立場にもなかった者としては、当時認識可能であった客観的な状況を前提にして、当時としては妥当な推論に基づいたものであったというべきであって、通常の不動産取引における駆け引きを越えたものであるとは到底認められない。したがって、被告売主らの代理人である被告三井不動産販売及び被告売主ら(被告カネボウ不動産を除く。)において、原告に対して信義則上の説明義務に違反したとはいえない。

また、被告カネボウ不動産も、平成七年に至るまで南側隣地を鐘紡が売却することを知らされていなかったのであるから、原告が本件居室を購入した時点においては他の被告らと同様の立場にあったというべきであって、本件居室の売買契約締結段階において、同被告が信義則上の説明義務に違反したとはいえない。

第四結論

よって、その余の点を判断をするまでもなく、原告の本訴請求には理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 林圭介 裁判官 森純子 髙原知明)

<以下省略>

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